かつての土の力を取り戻すために
佐藤勘一郎さん
飲食店からの引き合いも多い「野菜づくり名人」
佐藤勘一郎さんは、珍しい野菜をたくさん育てている「野菜づくり名人」。その栽培数は「自分でも把握していない」というほどで、例えばコールラビーやラディッキオ、チコリなど一般に馴染みの薄い“変わり種”だけでなく、ナスは5種類、ズッキーニ6種類、トマト12種類、というように、ひとつの野菜を数種類ずつ作っています。「ここでしか手に入らない」野菜を求める飲食店からの支持もあつく、一部では「勘一郎さんの野菜」としてブランディングする店も。なぜそこまで多種類多品目の野菜を作るのか、と訊ねると「自分が食べたいからだよ」と笑います。
人気の秘密は「種類の豊富さ」だけではありません。どの野菜も驚くほど糖度が高く、エグみがまったくないのです。その秘密は、佐藤さんが研究の末に行き着いた「土作り」にありました。
土と向き合わなきゃモッタイナイ
佐藤さんのところでは、1.6ヘクタールの畑と、4棟のハウスが通年でフル稼働しています。畑を見学させてもらっているときに、土から抜いたばかりのちぢみほうれん草の葉を味見させていただきました。するとびっくり!まるでフルーツを食べているような甘さです。「ちぢみほうれん草は通常、糖度が10度ぐらい。これでも結構甘いんだけど、うちのは16度ぐらいあるからね」と佐藤さんは言います。
野菜のエグみの正体は、土中の硝酸態窒素。佐藤さんはこの成分が増えすぎないよう調整を重ね、何より土づくりにこだわっています。「うちでは土壌改良材として、発酵米ぬかと、マッシュルームの菌床を砕いたワラ堆肥をすき込み、肥料を効きやすくしています」。肥料は有機が6割、それで足りない成分を4割の化成肥料で補っているそう。はた目にもふっくら黒々とした“おいしそう”な土が、青々とした野菜を育んでいました。
かつての健やかな土を蘇らせる
佐藤さんの家は代々続く農家で、自身でなんと16代目。もともと一帯は「伊達家お墨付き」として、その年最初に採れた作物をおさめる役割を担っていたほど、土の富んだ場所でした。「近くの名取川の上流に、昔は亜炭採掘所があってね。治水が行き届いていなかった時代はしょっちゅう氾濫していたんだけれど、そのときに流れて来る亜炭の粉が、土中の有害物質を吸着していたんだね」。しかし亜炭の需要がなくなり、治水が行き届くようになると、土中を“浄化”する仕組みも、同時に失われてしまいました。
実は佐藤さんの自慢の品は「生鮮野菜」だけではありません。これらの野菜で作る、「自家製福神漬」は、月2回の催事で販売するたびに、売り切れ御免の人気商品なのだとか。ダイコン、キュウリ、ナス、ニンジンに紫蘇の実やショウガを加えてつけた福神漬は、箸休めにぴったりの風味と、ポリポリという食べごたえの心地よさが魅力です。
「本来の野菜はエグみがなく、甘くておいしいもの。その魅力が広まれば、野菜を食べる時間がもっと楽しくなるはず」と佐藤さん。納得のいく野菜を作り続けていくために、今日も土づくりと向き合います。